2009年6月2日火曜日

バブル時代:退廃的なニッポン

バブル時代は、日本人はどのような生活を送ったと思うか。バブル崩壊後、どうやって日本の社会、また日本人のライフスタイルが変化したのだろうか。「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」という2007年の映画はこのような質問に答えようと務める。この映画はバブル時代と現代のいろいろな違いを冗談めかして指摘する。特に、「バブルへGO!!」は日本のバブル時代の退廃的な生き方や現代の人間のテクノロジーへの依存をからかう。家庭の価値にも触れる。この映画は喜劇だけではなく、日本の社会に対する注釈である。

この映画はちょっとバブル時代に対して批判的である。バブル時代には日本人の退廃的なライフスタイルが何よりも風刺される。その時、日本人はみんなお金があったが、収入以上の生活をした。さらに、いつも「ディスコ」(「クラブ」ではない)やパーティーなどに遊びに行き、あまり責任を果たさなかったようだ。人々はバブルが終わらないと信じていたので、貯金などをしなくて、未来は生活が悪くなる。

「バブルへGO!!」は現代もからかう。まゆみは過去に戻った後、いつも携帯を使いたくて、携帯が故障する時、とても悲しくなる。こちらは滑稽なのに、もしかすると、フィルム・メーカーは人間のテクノロジーへの過剰依存を論評している。

監督はもう一つ面白い論評を加える。この映画ではバブル時代の家庭の価値はちょっと批判されるようだ。その時は、みんながいつも働いていて、遊んでいるので、あまり家族のために使う時間がない。例えば、まりこ(お母さん)は一日中働き、まゆみの父がいないので、まゆみ(娘)は大人の時お母さんに遠いと感じる。

この映画はバブル時代の日本の社会に対する面白い論評だと思う。たぶん、
監督はバブル時代は退廃的すぎると考えていたので、その時代をよく批判した。しかし結局、バブル時代が少し直った後、日本人は生活をすべきことが見られる。

「バブルへGO!」うそそれとも本当でしょうか。

先週、私たち「バブルへGO!」と言う映画を見ました。この映画は面白いと思います。1990年に、私は14歳でした。高校に入学し始めました。


 映画によると1990年の東京と2007年の東京比べると何か違いますか。私は女性のファッションだと思います。1990年代に女性のファッションとても同じでした。女性の髪の毛の長さはだいたい同じでした。ドレスの長さも同じぐらいでした。映画で1990年代の女性はジーンズとズボンをはきません。服の色は濃いか派手かどちらかでした。一方、2007年代の女性のファッションについて、全部は違います。髪の毛の長さはいろないろながあります。マユミと母はズボンをはきます。服の色はいろないろながあります。ファッションは”surface culture”ではないと思います。どのような服と色と長さなどは受け入れられますか。よく、このことは社会が決まられます。時々、この課題は宗教や経済事情により決まられます。サウジアラビアで女性のドレスコードは宗教により、厳しいです。


1990年の東京と2007年の東京と比べると何か同じでしたか。男女の役割のダブル・スタンダーと思います。シモカワジは1990年にも2007年にも女たらしを見せられます。シモカワジは淫乱の人に見せられないで、英雄です。他の女性は性の対象物をみせられます。よく、この女性のイメージは日本のアニメにもマンガにもビデオゲームにも見せられます。どうしてでしょうか。皆さん、どう思いますか。日本に住んでいる時、このイメージもってきましたか。


ぞれに、映画の中で1990年にも2007年にも役割について威光の人はだいたい男性だけです。女性はセクレタリーや管理スタッフに見せられます。今日は日本でこれはまだ、本当でしょうか。私は日本へ行ったことがありませんから、皆さん、教えてください。

www.angus-reid.com/polls/view/gender_roles_clearly_defined_in_japan/

2009年6月1日月曜日

映画レポート:私の発見「バブルの日本」

 1990年の日本人のお金に関する価値観、美の感覚、言葉、科学技術は2007年の日本人と全く異なった。なぜなら、その大きく変化はいろいろな文化的・経済的要因に影響されたからである。

ア)美の感覚
 この2つの時代の女の子のファッションは違わなかった。前のファッションというのは、高いハイヒールを履いて、体にぴったり沿ったワンピースを着て、ワンレングス・カット長い髪があった。しかし、2000年代では、女の人はよくお臍が見せるティーシャツを着て、ジmーンズを履く。カジュアルな服装は今の流行になる。この時間の中で、日本はよく米国の潮流の影響を受けた。

イ)お金に関する価値観
 1990年、皆は、金持ちになって、未来に非常に楽観的だった。例えば、ビンゴの賞品は二百万円だった(約$20,000)。会社は社員にいっぱいタクシー券を貰って、タクシーが捕まらなかった。知らない人にとても貴重な贈り物を送った。なぜなら、その時、日本人はたくさんお金があって、未来のことは全然心配しなかったからである。しかし、2007年では、国民だけではなく、日本も借金がいっぱいあった。映画で、「日本の借金は八百兆円になって、更に利子毎日九百億円ずつ増やしている。」と財務省の人は言った。

ウ)言葉
 2007年の日本人としては、「クラブ」というのは1990年の日本人の「ディスコ」と同じだったと思う。「ディスコ」とは、音楽を流し、客にダンスをさせる飲食店だった。下川路さん(阿部寛)は、「クラブというのはおねえちゃんがいるところだ。」と真弓(広末涼子) に話した。1990年代のバブル景気崩壊頃から大型の「ディスコ」に代わって、風営法の網をくぐった飲食店でのオールナイト小規模DJイベント「クラブ」が流行した。今、アメリカの音楽文化の影響により、多数の客が集まって、DJがかける音楽に合わせて踊ったりする飲食店の形態も「クラブ」と呼ばれている。

 「バブルへGo!」という映画はとても面白かったと思う。17年間の変化は大きかった!